水木一郎さん最後のステージはいつ?肺がん闘病中も車いすで活動の理由

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有名人

「マジンガーZ」などで知られ、アニソン界の帝王と呼ばれた水木一郎さんが2022年12月6日に74歳で亡くなったことがわかりました。死因は肺がんだそうです。
7月に闘病を公開していましたが、なんと、闘病しながらも車いすになっても歌い続けていたそうです。11月にもステージに立ち歌を披露していました。
がん闘病中も歌い続けた理由・歌を披露する最後となったステージ動画を調査しました。

水木一郎さんの所属事務所のコメント全文

■所属事務所コメント全文
訃報

弊社所属の歌手・水木一郎が令和4年12月6日 午後6時50分、肺がんのため永眠いたしました。
ここにみなさまからの生前のご厚誼に深謝し、心から哀悼の意を表しますとともに、謹んでご報告申し上げます。

昭和23年1月7日生まれ 享年74

昨年4月末に肺がんが発覚し、入退院を繰り返しながら放射線治療や薬物療法を行い、1年7か月あまり闘病生活を続けておりましたが、去る12月6日に救急搬送先の病院にて息を引き取りました。
脳転移、リンパ節転移、髄膜播種を伴う厳しい病状ではありましたが、「生涯現役」を目標に、治療とリハビリに励み、活動を続けてきました。
思うようなパフォーマンスができなくなってもその強い意志は変わらず、最後のステージとなった11月27日のライブでも満面の笑みを浮かべておりました。
これまで支えてくださったみなさまに厚く御礼申し上げます。

通夜並びに葬儀につきましては、ご遺族の意向により近親者のみにて執り行われました。
ご遺族の心中をお察しいただき、ご弔問、お香典、ご供花などはご遠慮くださいますようお願い申し上げます。
なお、お別れの会などにつきましては、ご遺族と相談のうえ、後日執り行う予定です。

令和4年12月12日
(株)イエローバード

(株)イエローバードより

水木一郎さんが肺がん闘病中も精力的に活動を続けた理由

所属事務所のコメントにあるように、「脳転移、リンパ節転移、髄膜播種を伴う厳しい病状ではありましたが、『生涯現役』を目標に、治療とリハビリに励み、活動を続けてきました。思うようなパフォーマンスができなくなってもその強い意志は変わらず、最後のステージとなった11月27日のライブでも満面の笑みを浮かべておりました」と、水木さんが強い意志をもって活動を続けてきていた様子がわかります。
昨年4月に肺がんがわかり、闘病生活を続けながら活動を行ってきたそうです。
今年2022年7月に肺がんを公表した頃には、月に1回の通院で済むまでに回復。
以前と同じように歌えるよう声帯に薬剤注射も受け、言語聴覚士によるリハビリも始め、理学療法士による指導を受け、自宅で筋トレなどによる運動機能の回復にも努めていたそうです。
ステージに立つこと、歌をうたうことが、闘病の力の源となっていたのかもしれません。

最後の歌唱となったステージ

最後のステージとなったのは、11月27日、東京・よみうり大手町ホールで「水木一郎・堀江美都子 ふたりのアニソン#19」でした。
なんと亡くなる9日前にステージに立たれていることに驚きです。
この時水木さんの体調はすでに長時間ステージにとどまれないほど悪化していたそうです。このため、水木さんの歌唱をサポートするため3人の仲間の歌手が駆けつけたようです。
きっと仲間に囲まれて幸せな時間だったのではないかと想像できます。


そして、それ以前の2022年11月8日に日本歌手協会が都内で開いた「第49回歌謡祭」に、水木さんは車いすで登場。
「生涯現役を目指しているから。やりますから」とあいさつして「マジンガーZ」を熱唱しました。「1日も早く元気になって戻ってきます」とファンに誓ったが叶いませんでした。
この動画の様子に元気づけられた方も多いかもしれません。

車いすで登場、闘病中ということで以前のような力強さはやはり見られませんが、それでもまだまだ現役歌手として車いすでも、闘病中でも、歌いたい!という意思が伝わってくるように思います。
なくなる直前まで、こうして歌手活動をされているということが本当にすごいですよね。

ネット上でも驚きのニュースにショックを受ける方が多いようです。

まとめ

アニメソングというえば、水木一郎さん、とイメージする方も多いのではないでしょうか。
昨年4月から肺がんで闘病しながらも生涯現役を掲げ、亡くなる1ヶ月以内にも車いすでステージで歌唱を披露しておられました。
その姿に元気をもらったり、応援している方も多かったようです。
今回の訃報で悲しみに包まれましたが、水木一郎さんのご冥福をお祈りいたします。

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